|
by tabby2004 カテゴリ
全体
国内経済 海外経済 国内経済統計 海外経済統計 国内金融政策 国際金融政策 国内政治 国際政治 ジャーナル 国内企業 海外企業 市場政策 市場の動き 東日本大震災 大震災復興政策 原子力発電 エネルギー政策 メディア 奥脳想過 消費税 人物 環境 年金・社会保障・医療 提言・提案・主張 IT ネット上でみつけた話題 予定 社会 seniorな時代 ことば 福祉 本 このblogについて 管理者 以前の記事
2012年 05月
2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2005年 01月 2004年 12月 2004年 11月 2004年 10月 2004年 09月 お気に入りブログ
最新のコメント
おすすめキーワード(PR)
ファン
|
▽ 「リーマン・ショック」は避けられたのか、池田信夫<BLOGUS>
リーマン・ショック・コンフィデンシャル(上) 追いつめられた金融エリートたち原稿料をもらって書評を書くときは、なるべくブログでは書かないようにしているのだが、きのう送った東京新聞の書評(来週の日曜に掲載予定)ではくわしく書けなかったので、あまり知られていない事実を紹介しておく:今から考えると、リーマンブラザーズに破産申請させた米財務省の判断が致命的な誤りだったことは明らかだが、他に方法があったのだろうか? リーマンに直接、財政資金を投入することは不可能だった。ポールソン財務長官は、9月初めに行なったファニー・フレディの救済で議会に"Mr. Bailout"と罵倒されており、リーマン救済を議会にはかることは問題外だった。ベア=スターンズの場合のJPモルガンのような受け皿が必要で、財務省やNY連銀のガイトナー総裁は必死にパートナーを探していた。 リーマンにも、いろいろな銀行が買収に名乗りを上げては消えたが、最後に残ったのはイギリスのバークレイズだった。他の銀行にも出資を求め、9月14日にはなんとか話がまとまった。ところが土壇場になって、イギリスの FSA(金融サービス機構)のマッカーシー長官が「買収にはデュー・ディリジェンスと株主総会の決議が必要だ」と言い出した。この手続きには30日以上かかり、とても間に合わない。 そういう手続きを免除する権限をもっているのは財務相だが、ポールソンの回顧録によれば、ダーリング英財務相は「それはイギリスの納税者の負担するリスクが大きすぎる」と断った。このとき彼がバークレイズの買収を緊急に承認すれば、リーマンの破綻は避けられたのだ。 当時イギリスはGDP比ではアメリカより大きな不良資産を抱えており、この利己的な判断はやむをえなかったのかもしれない。また本書も指摘するように、リーマンを救済しても他の金融機関――おそらくはAIG――が破綻して、同じようなことが起こった可能性が高い。しかし・・・などと「もしも」を語ってもしょうがないが、アメリカの金融危機の引き金を引いたのがイギリスの政府だったというのは、ちょっと意外な事実である。
▽ 室伏、故青木氏の会に出席 逆転裁定で北京5位が確定<日経Web版>
2010/6/11 10:04 スポーツ仲裁裁判所(CAS)が下した裁定により、2008年北京五輪の成績が5位で確定することになった陸上男子ハンマー投げの室伏広治(ミズノ)は11日、東京都内で日本陸連名誉会長だった故青木半治氏のお別れの会に出席する。 国際オリンピック委員会(IOC)は北京五輪で2、3位だったベラルーシの2選手をドーピング違反で失格とし、室伏は繰り上がって銅メダルを獲得するはずだった。だが、CASは検査手続きに不備があったとし、資格回復を求めた両選手の提訴を認める異例の逆転裁定を下した。 日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長は「ドーピング処分が覆るという異例の裁定。検査手続きで、どこがどう不備なのか、JOCとしても状況を確認したい。残念な結果だ」と話した。 室伏は04年アテネ五輪では繰り上がりで金メダルを手にしたが、2大会連続のメダル獲得はならなかった。〔共同〕
▽ 「しのびよる破局-生体の悲鳴が聞こえるか-」
・ 辺見庸 ・ 大月書店 ▽ P.17 ・ このことに関連し、資本主義とは何であるか僕は自問します。端的に行って、それは<人びとを病むべく導きながら、健やかにと命じる>システムです。それはまた、「器官のない身体」になぞらえられます。資本主義はさらに、この世にありとある異なった「質」を、お金という同質の「量」に自動転換していく装置でもあります。「危難のない身体」としての資本主義は、そこに棲む生体としての人間の欲望をどこまでもどこまでもたきつけ、開拓し、抽出し、それを養分にして増殖し、さらにまた新種の欲望の種をまき、育て、超えていく。 ▽ P.18 ・ 人びとを病むように育て導きながら、健やかにあれと命じる資本主義はいいかえれば、人間生体を狂うべく導いておいて“狂者”を(正気を装った狂者が)排除するシステムです。しかし、生体はそれに慣れ、最終的に耐えることができるのか・・・・・・ぼくはそのことがとても気になります。 ▽ P.29 ・ あの事件(注:秋葉原で起きた無差別殺人事件など)の背景には、容疑者の青年にかぎらず、たくさんの青年たちが、あるいはぼくなんかでも内面に持っているような荒涼たる風景というものをみざるをえないのです。くりかえしますが、それは犯罪に理解を示すということではない。まったく違った意味なのです。同情というものでもない。もちろん共感というものでもない。ただ、いまの世に生きることの、なにか名状しがたい悲しみを禁じえない。「病むべく導きながら、健やかにと命ぜられる」そんな背理の世界に生きざるをえない哀しみと、狂気の感覚です。 ▽ P.30 ・ つまり、いまの社会は、人間の生体に合っていないのではないか。合っていないからこそ、断層ができ、ひずみができ、それが痙攣のように、発作のように、ある種の生体反応として、こらえきれなくなって起きる瞬間があるのではないかというのが、ぼくの仮説なのです。 ▽ P163 ・ 本書を編んだのも、現在の歴史を証するなかで自己の位置をさぐりたいという動機があったからである。それは現前する破局の諸現象をいちいちあげつらうことではない。今日ただいまの破局とは、じつのところ、資本主義経済のそれだけではなく、私たち総員の内面におけるかつてないディスオリエンテーションと、深まる一方の荒みの状態をいうのだと私は確信している。私たちはだれなのか。どこに、なんのためにいるのか。なぜこうも荒むのか。私と<他の痛み>とはどのような関係にあるのか。現在とはどういう時間か・・・・・・。番号化された自己証明にならされた私たちは、これらの原初の問いに、おそらくあまりに原初的で本質的であるがゆえに、容易にこたえることができないのである。
▽ 駒村康平
▽ 角川SSC新書 ▽ P.182 大きな政府であれば、安心は大きく、格差・貧困も小さくなる。逆に小さな政府ならば安心は小さく、格差も貧困も大きくなる。ところが日本政府や与党・自民党の中には構造改革、再チャレンジなどで小さな政府を目指しながら、同時に格差・貧困問題も解消できると考える政治家がいる。小さな政府で格差を縮小し、貧困を解消した国は、世界中を探してもどこにもないにもかかわらずだ。各国が最適な政策を目指しても「小さな政府」と「低い貧困率」は両立不可能であり、一方を選べば他方を失うことになるのだ。 もう一つ、大きな政府と小さな政府の比較で、経済に与える影響を見てみよう。ます、「大きな政府にすると負担が大きくなり、国民の手取り所得が減少し、企業も競争力を失う。結果、国民が安易に政府に頼るようになり、経済成長は低下する。逆に小さな政府になると経済成長は高くなる」という議論がある。しかし、この議論には余り根拠がない。税金や保険料が上がると手取りが下がるため、働く意欲が低下するのではないかということだが、果たして本当であろうか?主婦のパートや学生のアルバイトと違い、自分の労働が収入の中心であるような人が、多少税金や保険料が上がって手取り賃金が減るからといって、仕事を辞めたり労働時間を短くすることが本当にあるのだろうか。経済学の理論テキストと異なり、実際にはあまり根拠のない議論である。 ▽ P.187 負担と給付について矛盾する意見、つまり「格差・貧困は縮小してほしい」が「小さな政府」でそれを成し遂げて欲しい、という無い物ねだりをする国民が20%弱存在することも忘れては成らない。実はこの人たちが選挙の撹乱要因になっているのだ。というのも、この人たちはきちっと現実を見ずに、その時々でおいしい政策を提言する政治家にばかり投票する傾向があるからだ。つまり、選挙のたびごとに変わる彼らのために、政策の一貫性が失われることになっているといえる。
▽ 手嶋龍一
▽ 新潮社 ▽ キャスト ・ スティーブン・ブラッドレー インテリジェンス・オフィサー ・ 殖栗(ふえくり) 志乃 ブラッドレーが下宿している大家 還暦を前に芸暦をあっさり引いたのだが、芸どころ金沢でも並ぶ者なき 舞の名手だった。(p.8) ・ アンドレイ・フリスク シカゴマーカンタイル取引所 ・ 松山雷児(まつやま・らいじ) 北浜の大阪証券取引所では「剛毅」と畏れられた相場師だった。 ▽ アルカイダが情報を流していた四者連合(P.220) スリランカの「タミールの虎」、北アイルランドのジョン・ガーラタンド一味の「コネマラの狐」、シリアのイスラ ム原理主義組織「アレッポの鷹」、北朝鮮のトンネル掘削会社「白頭山の狼」 ▽ ディープインパクト(P.233) なかでもディープインパクトが名牝マンデラに配合された当歳馬は、目利きたちの関心をひき付けて放さなかった。マンデラはドイツ、フランス、アメリカの重賞レースで活躍し、ノーザンファームが1億5000万円で手に入れた繁殖牝馬だった。マンデラの半弟マンデュロは、2007年のワールド・サラブレッド・ランキングでも世界王者に輝いている。凱旋門賞の最有力候補だったが、レース直前に故障して種馬となった。 また、ディープインパクトの母、ウィンドインハーヘアが、数々の重賞を制したダイワメジャーに交配された初年度産駒にも人気が集まっていた。さらに、世界の重賞競争を渡り歩いて「日本から来たサムライ」と畏れられたアドマイアムーンが、ディープインパクトの半姉ヴェイルオブアヴァロンと交配された牝馬も上場されている。
▽ 浜矩子
▽ 岩波新書(1168) ▽ P.177 恐慌は経済活動が均衡点という名の原点を模索する自浄作用である
▽ 角川歴彦(かどかわ・つぐひこ)
角川グループホールディングス代表取締役会長兼CEO 角川oneテーマ21 ▽ P.13、21世紀に入って大衆は140字でつぶやくマイクロブログの「ツイッター」などを媒介にして無名の「個人」からリアルタイムの巨大なメディアとなった。「大衆」の英知に誰もがアクセスでき、大衆が「すごい」「カッコいい」「クール」と賞賛するモノや出来事が社会を変革していく。それが「クール革命」だ。 ▽ P.19、そもそも、五輪招致のイベントになぜガンダムなのか?それは、アジアや欧米で、日本のアニメやマンガ、ゲーム、若者のファッションや風俗といったポップ・カルチャーが熱狂的に支持されている「クール・ジャパン」現象結びつく。高さ18メートルのガンダムの立像は、ニューヨークの「自由の女神」のように、クール・ジャパンの象徴となったのだ。 ▽ P21~P22、「これからは、国力として”ソフト・パワー”が活用される時代である-。そう発言して注目されたのは、アメリカを代表する国際政治学者ジョセフ・ナイである。 彼は、国家が持つ総合的な力を大きく二分し、軍事力や政治力を源泉とする強制力を「ハード・パワー」、文化・宗教・哲学や経済力などの魅力によって得る力を「ソフト・パワー」と定義した。アメリカはハード・パワーだけでなく、ソフト・パワーも世界に強い影響力を持っていると指摘し、今後のアメリカの国家戦略はより後者で立案されるべだと提言したのである。 ▽ P.22、ソフト・パワーを踏まえた新しい国力の”基準”について言及したのは、アメリカの若手ジャーナリスト、ダグラス・マックレイである。彼は、文化力を機軸とした「GNC」こそ新しい国力のあり方を示す、と提唱した。 GNCはグロス・ナショナル・クール(Gross National Cool)の略号だ。クールは一般的な涼しさという意味に加え、「洗練されていて、様になり、不粋なところが微塵もない」という意味を表す俗語でもある。日常的によく使われている「かっこいい」「賢い」と訳したらぴったりくる。日本はGNCに優れた国であると、からは論文「日本のグロス・ナショナル・クール」において次のように述べている。 「ポピュラー・ミュージックから一般用電子機器、建築からsyからファッション、食べ物から芸術に至るまで、今日の日本は、経済大国だった1890年代よりも、はるかに大きい文化的な勢力を持っている」(ナショナル・クールという新たな国力、世界を闊歩する日本のカッコよさ」(神山京子訳、「中央公論」2003年5月号) ▽ P130、音楽と本の2大コンテンツの一体サービスと統合端末によって実現する方向性はすでに述べた。次のコンテンツ業界に大変動があるとすればその中核はやはり「娯楽王様」映画だ。映画も新しい潮流に巻き込まれ、本格的なネット配信の時代は必ず来る。本書はその時代を2014年とみている。
【経済】
▽ スラム化する日本経済(2010年3月14日読了) =4分極化する労働者たち= 浜矩子(同志社大学大学院教授) ▼ P.100~、 まずは、ニューヨークの移民女性グループに5万ドルの貸し付けを行うことから、グラミン銀行の対アメリカ事業が始まった。向う5年間で、融資規模を約1億8000万ドルに増やす予定だ。融資対象もアメリカ全土に広げるという。野心的な事業計画である。 ▼ P.118~、だが、それならばなぜ、今、地球経済のあちこちで、「豊かさの中の貧困」が深刻化し、あるいは「経済の蟹工船化」が進み、さらには人身売買のまがいの商法がまかり通っているのか。しかし、それは恐らく、我々が今なお、グローバル・ジャングルの豊かさと、それが持つダイナミズムをどう引き出して、どのように享受すればいいのか探り当てていないからだと思う。 < 前のページ次のページ >
|